【裏】SOLITUDE-klang

V系バンドを応援する心理カウンセラーのブログ

「私」と「わたし」の仲直り

ある程度の年齢になってから
例えば結婚を考えていた人との別れだったり

積み重ねてきたはずのことが台無しになったり
努力に反して結果が伴わない時なんかに
私よく思っていたんですが


すごく辛い思いをして、それを自力で乗り越えたのに
関わる人々は、変わっていくじゃないですか。


最初の病気をした時はこの人が側で見ていてくれたけど
次の病気の時はひとりだった(病気しすぎ)
で、その次にこんな目に遭った時は
この職場で、こんな人が居た


でもその後に出逢う人は、私のそれ等を
知らないですよね。


ある時ふと考えました。


私の死ぬ程の辛さや努力を、ずっと見てくれている人がいない


だったら何のために生きているのか
何のために歯を食い縛るのか
わからなくなったんです。

 

私は幼い頃から、感情を外に出せなかったため、
強い感情が起こったらノートに書きなぐる癖がついていたので

その時も、出てくる言葉をノートにそのまま書き綴りました。


そして全て書き終えボロボロになった
その後に出た言葉に自分で驚いたのでした。

 

 

"私がずっと見てるから"

 


私がずっと、見てきたから。
全部、ちゃんと知ってる。

 


自分の中に、もうひとりいる。
自分を突き動かす、もうひとり。


どちらが何なのか、そこまでは理解できなかったけど
見ている人がいない、と思って虚無感に襲われるのは
また、外からの賞賛を求めるのは
自分を、自分が見ていない。と思ってるからなんだ。


私は、わたしの命令で
身を削って働いて
わたしが醜いと言うから、私は必死でダイエットをする
わたしがブスだって言うから、私は整形レベルのメイクを覚えて
わたしが生きてる価値ないって言うから、私はその価値をくっつけるために躍起になるんです。


わたし

は、どんどん厳しくなる。

 


わたし

は、家族の元で生き抜くために、そう教えられてきたんです。


わたし

は、何でもできなくちゃ、生きてる価値がないって、教えられてきたんです。

そしてそれを、信じて生きてきた。

 

私を、守るために。

 


わたし、の厳しさは
深い愛の証。
生活力がない頃の私を守るために作ったルールから
もう離れていいことを、知らないだけなんです。
私のことが大好きすぎて、大事すぎて
簡単にルールが壊せないんです。


その証拠に
もう生きることを諦めてしまいそうな私に遭遇した時は
ちゃんと声をくれる。


そしてこの、わたし、が
周りの人、世界の声として聞こえてくるもの。


わたし、に怒られながら
死ぬ程の努力をした私は
どうしてわかってくれないのっ!!と
叫んでいるかもしれません。

それに気が付かない状態のまま、人は周囲を、政治を、世界を責めて、
自分を理解れと強迫する。


わたし、に、
今まで護り続けてきてくれたことに感謝しながら
もうそのルールは要らないことを
私が教えてあげればいい。


私(ココロ)が、わたし(マインド)を動かすように
していくのが、引き寄せの法則と呼ばれるものです。


わたしの下には
いろんな私がいる。
信じられないくらい腹黒く汚い言葉を吐く私に俺がびっくりする(笑)

でもそれを
それでいいのだとわたしが共感してくれたら
周囲の賞賛も、世間の注目も
何も要らなくなるんだと思うんです。
わたしさえ居てくれたらそれでいい。


全て、自分の中で起きていること。
だから誰かを責めたいうちは
責めて責めて、責め切ればいい。

そうしないと、見えない世界なんだと思う。